居住環境と入居差別をめぐる問題について(後編)
「騒音」と「煩音」
前編(https://imaoka.theletter.jp/posts/760be0c0-cbce-11ed-8a6a-938c56892706)では、関西の実家が一家離散になり、単身上京してから交通騒音や隣人の騒音などの居住環境の悪さに苦しみ、アパートを転々としてきたBさんの様子を詳しく見てきた。
その後の経緯に移る前に、上記の問題について少し深めて考えたい。その補助線として、「煩音」という概念を導入したい。この概念は、騒音問題の専門家である八戸工業大学名誉教授の橋本典久氏が提唱しているもので、騒音が「音量が大きく、耳で聞いてうるさく感じる音」であるのに対し、煩音とは「音量がさほど大きくなくても、自分の心理状態や相手との人間関係によってうるさく感じてしまう音」のことを指す。
参考:騒音トラブルの原因は騒音だと思っていませんか? 改めて、騒音問題と煩音問題について(https://news.yahoo.co.jp/byline/hashimotonorihisa/20220325-00288240)
Bさんの状況を「騒音」問題として捉えるなら、住居の立地や設備構造の問題がクローズアップされる。大通りに面している物件は避け、防音性の高い、壁の厚い鉄筋コンクリートの物件を選ぶべきだということになる。しかし、そのような物件が生活保護受給者には保障されにくいということが問題だ。生活保護の住宅扶助(家賃)は一般の家賃水準より低く、後述するように、生活保護受給者は賃貸住宅市場において劣位に置かれているため、騒音問題の起こりにくい物件に住むことが容易ではない。
他方、私はBさんのような相談を多く受けてきて、「煩音」問題としての側面もあるのではないかと考えている。というのも、騒音問題で引っ越しても転居先でも苦しんでいる方が少なくなく、引越しをすれば万事解決とは言えないという現実があるからだ。また、壁がさほど厚くなかったり、防音性が高いとは言えない木造の物件は昔からあったわけで、以前はそれほど問題になってこなかったのはなぜなのか、という疑問もある。
例えば、隣人と日常的に交流があり、仲が良い状態であった場合を想定すると、隣人が立てた音に対して「騒音」であると認識し、ストレスを感じることは相対的に少ないのではないか。昔は近所付き合いが今よりあったために、隣人の「音」があまり問題にならなかったのだろう。現代の東京では、集合住宅での近所付き合いはほとんど皆無であり、誰が隣に住んでいるかも知らない場合も多い。こうした疎遠な関係においては、音を立てる隣人が「警戒対象」と感じられてしまうのである。
その上、Bさんのように見知らぬ土地に単身でやってきた人は、孤独感や周りに対する警戒感も一層強くなってくるだろう。実際、Bさんは東京に来るまで騒音を感じやすいわけではなかったという。つまり、家族やコミュニティを喪失し、孤立状態に置かれた人たちが他者や周囲の環境に対する警戒感を強め、「煩音」を感じやすくなってしまうのではないか。
「煩音」を感じやすいのは何もBさんだけではない。日本社会全体がそのような傾向にあるのではないだろうか。電車やバスといった交通機関などの公共空間において、赤ちゃんの泣き声が「迷惑」がられ、親が必死に泣き止ませようとする。子どもの遊ぶ声がうるさいという理由で公園が廃止される。人々が日々の生活に汲々とし、自分のことで精一杯になっているために、他者に対して寛容に接する余裕がなくなっているからだろう。ある意味、日本社会全体が「病的」な状態である。
生活保護受給者だと物件紹介もしてくれない
さて、役所から転居許可が出た後の話である。Bさんが自分で転居先を探していたが、なかなか進まないので困っているという連絡をもらい、Bさん宅の最寄り駅のカフェで面談をした。不動産屋で生活保護受給中だと伝えると、物件を紹介してくれなくなるのだという。特に大手はマニュアルがあるかのようで、生活保護だと言った瞬間にパソコンを見なくなり、門前払いするという露骨な対応なのだそうだ。とはいえ、生活保護受給中だと伝えないとすると、単に無職であるということになり、家賃の支払い能力を疑われるため、その場合も審査を通らないだろう。
また、Bさんは騒音問題を避けるために平屋の物件を探していた。集合住宅と比べれば隣人との距離があり、トラブルになりにくいと考えたからだ。しかし、平屋だと集合住宅よりも物件数が少ないうえ、住宅扶助の価格帯だとかなり古く廃屋のようなところばかりだという。
こうした状況のため、私たちも物件探しを手伝い、不動産屋への同行をすることにした。同行することで職員の対応が多少なりとも変わることを期待してのことである。3月下旬に1日かけて何軒かの中小不動産屋を回ってみた。1軒目では生活保護でもきちんと対応してくれたが、条件に合う物件の紹介が難しかった。その次に赴いた不動産屋の対応が酷いものだった。
2軒目では、受付の職員に生活保護受給中だと伝えると、「福祉事務所に確認の電話をする」と言い、ケースワーカーからの話を受けて、「受給理由が精神疾患の人は受け付けられない」と告げられた。精神疾患ではあるが、受給の直接の理由ではないことや、どこの不動産屋にも断られて困っていると伝えても、職員の対応は変わらず、埒が開かないので退店した。3軒目も行ったが、目当ての物件を内見したがかなりボロかった。
その日以降もBさんの方で物件探しをしているが、1軒目の不動産屋から物件を紹介はしてもらえるものの、大家が生活保護を理由に審査を落とすため、未だ転居ができていない状況である。3、4月のハイシーズンにおいては他の相談者も苦労している方が多く、役所から転居許可が出ても大家の審査が通らない。なぜこのような問題が起きるのだろうか?
入居差別はなぜ起こるのか?
そもそも、日本では大家が入居差別をすることに対して、特に規制がかけられてはいない。というか、一般的な差別禁止法もないため、入居に限らず差別が禁止されていない。その意味で、入居差別が起きることは何ら不思議ではない。そうすると、生活保護受給者だけでなく、障害者、高齢者、外国人などのマイノリティが住居を見つけることは容易ではなく、相談現場でも困難にぶち当たることは少なくない。
ただ、重要なのは大家個人の偏見や差別の「意識」なのではない。大家に「差別は良くない」と言ってもあまり効果はないのである。問題はもっと構造的なのだ。そのことは、大家が上記のマイノリティを差別するロジックを見るとわかる。障害者(特に精神障害者)は、奇声や叫び声をあげるなどして近隣トラブルに発展し、周囲の借主が退去してしまうのではないかというリスクがあるとみなされる。高齢者が亡くなることで事故物件となり、次の借り手が見つからなくなるリスクがある。外国人も、文化や慣習の違いから近隣トラブルのリスクがあるとみなされる。生活保護受給者は、その人に何か個人的な問題があるのだとみなされ、潜在的なリスク要因となる。
このように、マイノリティは近隣トラブルや事故物件のリスク要因とみなされ、大家の利益を損なう存在とみなされるというわけだ。「大家の利益になるから住宅を貸す」という市場のロジックに依拠する限りでは、入居差別をなくすことは無理だろう。居住権を保障するためには、住宅市場に規制をかけるか、市場の外部において住宅を提供することが必要になる。
日本において前者はほぼ存在しないが、後者に関わる制度はいくつかある。典型的には公営住宅である。国や自治体が市場よりも安い家賃水準で直接に住宅を供給する制度である。これはそもそも非常に供給量が少ない。2018年のデータによれば、公的住宅の割合はオランダで37.7%、デンマークで21.2%、イギリスで16.9%に対し、日本はわずか3.6%に過ぎないのだ。
また、民間住宅に対して公的助成を行い、低家賃の住宅を供給する社会住宅というものが海外にはある。この制度に近いものとして、日本でも2017年に住宅セーフティネット制度が作られた。高齢者や障害者、子育て世帯などの住宅の確保に配慮が必要な者の増加とともに、空き家や空き室の増加が問題となる中でできたものである。一定の要件を満たす物件を持つ貸主が、法令で定める住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯)の中から入居を拒まない範囲を設定し、自治体に登録を行う。その上で、国と自治体が空き家の改修費用や家賃低廉化のための補助を行う。
実はBさんもこの制度に登録された物件の検索サイトで探していたが、やはり一般の市場に乗らない分、古かったり木造が中心であるなど質が落ちる傾向があるという。また、大家が入居を拒まない範囲を個別に設定しているため、「高齢者は断らないけれども、障害者は断る」ということが可能になっている。特定のカテゴリーのみを優遇し、一律に差別を禁止しているわけではないのである。また、セーフティネット住宅は予算を計上した自治体でしか実施されないため、財政的余裕や熱意のある地域でしか行われない。そのため、国が一律に助成を行うなどして地域間格差を是正すべきだろう。
これらの課題を改善し、日本における社会住宅を発展させるなど、市場の論理とは異なる形で住宅確保を可能にする方法を構築する必要がある。そのためにも、現場でいかに住宅をめぐる問題が起きているのかを明らかにし、当事者を支援し、新たな制度や社会関係を要求していくことが重要だ。貧困支援の現場に関心のある方は、ぜひPOSSEのボランティアに応募してほしい。
ボランティア希望者連絡先 volunteer@npoposse.jp
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